「中央」と「現場」のあいだで:神社本庁における広報の現実

神社本庁。
この名を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
日本全国に約8万社あるといわれる神社。
その多くを包括する中央組織が、神社本庁です。

参考: 日本の伝統を守る神社本庁

その役割は多岐にわたりますが、社会に向けて神社の意義や活動を伝え、国民の理解を深める「広報」は、極めて重要な任務の一つと言えるでしょう。
神社の“今”を正しく伝えること。
それは、私たちの精神文化の根幹にも関わる大切な営みです。

わたくし、河合俊彦は、長らく神社本庁の広報室に籍を置き、その後、神社の現場に近い「神社界」編集部での経験も積んでまいりました。
内部にいたからこそ見える広報の理想と現実。
そして、中央組織と個々の神社の「現場」との間に横たわる、時に見過ごされがちな距離感。

本記事では、その実体験を踏まえながら、神社本庁における広報の実情を紐解き、あるべき姿を模索していきたいと考えております。

「言葉を尽くしても、なお伝わらぬものがある。されど、言葉を尽くさねば、伝わるものも伝わらない。」

これは、広報に携わる中で、常に自問自答してきた言葉です。
この問いを胸に、神社の「中央」と「現場」が織りなす広報の世界へ、皆さまをご案内いたします。

神社本庁広報室の実務と理想

広報の基本任務:教化、伝達、そして調和

神社本庁における広報の任務は、単に情報を発信するだけにとどまりません。
そこには、神道の精神を社会に広め、人々の心を豊かにするという「教化」の側面が色濃く反映されています。

具体的には、以下のような点が挙げられます。

  • 教化活動の推進:
    • 敬神生活の綱領など、神道の教えや日本人の精神的支柱としてのあり方を発信。
    • 祭祀の意義や伝統文化の価値を解説し、次世代への継承を促す。
  • 正確な情報の伝達:
    • 神社本庁の施策や方針、神社界全体の動向を、全国の神社や関係機関、そして広く国民へ伝える。
    • 誤解や偏見を解き、正しい理解を促進する。
  • 内外の調和の促進:
    • 神社界内部の意思疎通を図り、一体感を醸成する。
    • 社会の様々な声に耳を傾け、神社と社会との良好な関係を築く。

これらの任務は、いわば神社本庁が目指す広報の「理想形」と言えるでしょう。
しかし、その実現には組織内部の構造や、社会との関わり方など、様々な要因が絡み合ってきます。

組織内部での位置づけと限界

神社本庁という巨大な組織の中で、広報部門はどのような位置づけにあるのでしょうか。
多くの場合、総務部や教学部といった中核部門と連携しながら、その方針を具現化する役割を担います。

しかし、そこには自ずと限界も生じてきます。
予算や人員には限りがあり、全ての要望に応えられるわけではありません。
また、組織全体の意思決定プロセスの中で、広報部門の意見が常に最優先されるとは限りません。

時には、他部署との調整に時間を要したり、組織としての一貫性を保つために、個別の事案に対する柔軟な対応が難しくなったりすることもあるのです。
これは、多くの組織広報に共通する課題とも言えるでしょう。

「神社の声」は誰の声か?伝えることの難しさ

神社本庁が発信する情報は、しばしば「神社の総意」として受け止められがちです。
しかし、全国に八万社ある神社は、それぞれに異なる歴史、規模、そして地域性を有しています。

都市部の大きな神社と、過疎地の小さな祠。
宮司が常駐する神社と、兼務で守られている神社。
それぞれの「現場」には、切実な声や多様な意見が存在します。

神社本庁の広報が、これらの声を全て拾い上げ、代弁することは容易ではありません。
どうしても、中央組織としての方針や、最大公約数的な見解が優先される傾向が出てきます。
その結果、「中央の声」と「現場の声」との間に、微妙なずれが生じることも少なくないのです。

この「伝えることの難しさ」は、広報担当者にとって永遠の課題と言えるかもしれません。

中央の論理と現場の現実

祭祀と教化資料の現場取材から見えたもの

神社本庁広報室に在籍していた頃、私は祭祀の取材や教化資料の編集に携わる機会が多くありました。
中央で企画される資料は、どうしても規範的で、ある種の「型」に沿ったものになりがちです。
例えば、ある祭祀の解説文を作成する際、その祭祀の全国的な標準儀礼や由緒を重視するのは当然のことでしょう。

しかし、実際に地方の神社へ足を運ぶと、そこには教科書通りではない、生き生きとした祭りの姿がありました。
地域独自の風習が色濃く残り、氏子さんたちの熱意によって、何世代にもわたり守り継がれてきた祭祀。
その土地の言葉で語られる神社の由来や、生活に溶け込んだ信仰の形。

これらは、中央の論理だけでは捉えきれない、現場の「熱量」そのものでした。
教化資料についても同様です。
全国一律のメッセージが、果たして全ての地域、全ての人々に等しく響くのか。
現場を知れば知るほど、その疑問は深まっていきました。

地方神社との温度差と情報の断絶

神社本庁から発信される様々な通達や機関誌。
これらは、全国の神社へ情報を伝達するための重要な手段です。
しかし、その情報が、隅々の神社まで本当に届き、理解されているのかというと、必ずしもそうとは言えない現実がありました。

特に、神職の高齢化が進み、後継者不足に悩む小規模な神社では、中央からの情報に目を通す余裕すらない場合もあります。
また、都市部の大規模神社と地方の小規模神社とでは、抱える課題も関心事も大きく異なります。

観点中央(神社本庁)が重視する傾向地方神社(特に小規模)の現実的な関心事
情報伝達統一的な方針・制度の周知日々の祭祀運営、地域との連携
課題認識全国的な教化活動の推進後継者不足、財政難、建物の維持管理
関心事神社界全体の地位向上氏子・崇敬者の減少、地域の過疎化

このような「温度差」は、時として情報の断絶を生み、中央と現場の溝を深める要因となり得ます。
現場の切実な声が中央に届きにくい。
中央の方針が現場の実情にそぐわない。
そうした状況は、決して望ましいものではありません。

広報物ににじむ「統一」への志向とその弊害

全国の神社を包括する組織として、神社本庁が一定の「統一性」を志向するのは、ある意味で当然のことです。
教義の解釈や祭祀のあり方について、一定の基準を示すことは、混乱を防ぎ、神社界全体の安定を保つ上で重要でしょう。

その結果、神社本庁が発行する広報物には、どうしても「統一」や「規範」といった色彩が濃く表れます。
しかし、この統一への強い志向が、時として弊害を生むこともあります。

日本の神社の魅力は、その多様性にあるのではないでしょうか。
それぞれの土地の歴史や文化と深く結びつき、地域ごとに異なる表情を見せる。
画一的な情報発信は、こうした豊かさや個性を覆い隠し、神社の魅力をかえって矮小化してしまう危険性を孕んでいます。

「どこも同じようなことを言っている」
そう受け止められてしまえば、人々の関心は薄れ、神社への親近感も失われてしまうかもしれません。

「神社界」編集部での転機

現場に寄り添う立場からの再出発

神社本庁での勤務を経て、私は『神社界』という媒体の編集部に籍を移しました。
これは、私にとって大きな転機となりました。
『神社界』は、神社本庁の機関紙的な性格も持ちつつ、より現場に近い視点から神社界の動向を伝える新聞です。
(※媒体の正確な位置づけは時代により変遷があるかもしれません)

そこでは、中央組織の一員としてではなく、一人の編集者として、個々の神社や神職の方々と向き合うことになります。
それは、まさに「現場に寄り添う」という言葉がふさわしい働き方でした。
これまでとは異なる角度から、神社の世界を見つめ直す日々が始まったのです。

地方神職の言葉に耳を傾けて

編集者として全国各地の神社を取材する中で、多くの地方神職の方々とお会いし、お話を伺う機会に恵まれました。
そこでは、中央にいてはなかなか聞くことのできない、率直な言葉に触れることができました。

例えば、
「氏子さんたちの神社への関心が薄れていくのを、どう食い止めればよいのか」
「伝統的な祭りを維持していくための、若い世代への働きかけに苦心している」
「過疎化が進む中で、神社の将来をどう描けばよいのか、見通しが立たない」

といった、切実な悩み。
一方で、

「地域の子どもたちを集めて、神社の歴史を伝える勉強会を始めたら、予想以上に好評だった」
「神社の境内でマルシェを開き、地域住民の新たな交流の場となっている」
「SNSを活用して情報発信を始めたら、遠方からの参拝者が増えた」

といった、創意工夫に満ちた取り組みや、確かな手応えを感じている声も数多くありました。
これらの生きた言葉の一つひとつが、私にとって何よりの学びとなりました。

「編集」の力でつなぐ中央と現場

『神社界』での仕事を通じて、私は「編集」という行為の持つ力を再認識しました。
それは、単に情報を集めて整理するだけではありません。

1. 価値の発見: 現場に埋もれている小さな声や取り組みの中に、光る価値を見出すこと。
2. 文脈の付与: 個々の情報を、より広い文脈の中に位置づけ、その意味や重要性を明らかにすること。
3. 共感の醸成: 読者の心に響くように言葉を紡ぎ、理解や共感を広げていくこと。

これらの「編集」の力を通じて、地方の神社の素晴らしい活動を他の地域に紹介したり、現場が抱える課題を中央に伝えたりすることで、ささやかながらも「中央」と「現場」をつなぐ役割を担えたのではないかと感じています。
それは、情報の一方通行ではなく、双方向のコミュニケーションを促す試みでもありました。

広報という営みの本質とは

情報伝達ではなく「共感」創出へ

広報というと、まず「情報を伝えること」が思い浮かぶかもしれません。
もちろん、それは広報の基本的な機能です。
しかし、本当に大切なのは、その先にあるものではないでしょうか。

それは、「共感」を創り出すことだと、私は考えています。
単に事実を知ってもらうだけでなく、相手の心に響き、感情を動かし、理解や納得、さらには行動へとつながるような働きかけ。
特に、信仰や精神文化に関わる神社の広報においては、この「共感」の視点が不可欠です。

神社の静謐な空気感。
祭りの高揚感。
自然への畏敬の念。
そうした目に見えない価値を、言葉や映像を通じて伝え、人々の心に小さな灯をともすこと。
それこそが、広報の目指すべき姿ではないでしょうか。

伝統と現代性の間での表現の工夫

神社は、悠久の歴史と伝統を今に伝える存在です。
その重みと尊厳を損なうことなく、現代社会に生きる人々にその魅力を伝えるためには、表現の工夫が求められます。

古典や古文書を紐解き、先人の知恵に学ぶことはもちろん重要です。
しかし、それだけでは、現代人の心には届きにくいかもしれません。

伝統的アプローチ現代的アプローチの例
祭祀の厳粛な執行祭りのライブ配信、VR体験
社報や機関誌による情報提供公式ウェブサイト、SNS(X, Instagram, YouTubeなど)
難解な教義の解説分かりやすい言葉でのエッセイ、マンガや動画での解説
神職による対面での教化オンラインでの相談窓口、ウェビナー開催

例えば、神社の由緒を説明する際にも、ただ年号や出来事を羅列するのではなく、そこに生きた人々の物語や、現代にも通じる普遍的なテーマを見出し、語りかけるように伝える。
あるいは、若い世代にも親しみやすいように、イラストや動画を効果的に活用する。

伝統を軽んじるのではなく、むしろその本質を深く理解した上で、現代的な感性で「翻訳」していく作業。
そのバランス感覚こそが、これからの神社の広報には求められているのだと感じます。

信仰の基層文化としての神社をどう伝えるか

神社は、特定の教団組織である以前に、日本人の生活や精神文化の基層に深く根ざした存在です。
私たちの祖先は、自然の中に神々を見出し、畏れ敬い、共に生きてきました。
その祈りの場として、神社は各地に建立され、地域のコミュニティの中心として、人々の暮らしを見守り続けてきたのです。

お正月には初詣に出かけ、七五三には子どもの成長を感謝し、祭りには地域の人々が集う。
こうした風景は、今も日本の各地で見られます。
それは、特定の教義を信じているか否かを超えて、私たちの文化の中に深く刻み込まれたものです。

広報においては、この「基層文化」としての神社の側面を、もっと意識的に伝えていく必要があるのではないでしょうか。
難しい教えを説くのではなく、私たちの生活の中に息づく神社の役割や、自然との共生、地域社会との絆といった、より普遍的な価値を語りかけること。
それが、多くの人々の共感を呼び、神社への関心を自然な形で育む道につながると信じています。

現場から見た神社本庁のこれから

組織と文化の間にある壁

神社本庁は、全国の神社を包括する「組織」です。
組織である以上、そこには一定の規律や運営方針が必要となります。
一方で、個々の神社は、地域に根ざした「文化」の担い手でもあります。
長い年月をかけて育まれてきた、その土地ならではの信仰の形や伝統行事。

この「組織」としての論理と、「文化」としての実態との間に、時として見えない壁が生じることがあります。
中央の効率性や統一性を求める視点と、現場の多様性や個別性を尊重する視点。
この二つをいかに調和させていくか。
それは、神社本庁が常に抱える課題と言えるでしょう。

広報の役割は、この壁を少しでも低くし、双方の理解を深めることにあるのかもしれません。

「中央集権」的体質の見直しと広報の可能性

近年、神社本庁の運営に対して、「中央集権的ではないか」といった声や、意思決定プロセスに対する疑問の声が聞かれることもあります。
(具体的な事例に深入りすることは避けますが、そうした報道に触れた方もいらっしゃるかもしれません。)

もし、そのような体質が実際に存在するとすれば、それは中央と現場との間の信頼関係を損ないかねません。
このような状況において、広報が果たせる役割は大きいと考えます。

1. 透明性の向上: 組織の意思決定プロセスや財務状況などについて、可能な範囲で情報を公開し、説明責任を果たす。
2. 双方向性の確保: 現場の意見を吸い上げる仕組みを強化し、それを組織運営に反映させる姿勢を示す。
3. 丁寧な対話: 批判的な意見に対しても真摯に耳を傾け、建設的な対話を重ねる努力をする。

これらは、一朝一夕に成し遂げられることではありません。
しかし、地道な広報活動を通じて、組織の風通しを良くし、開かれた姿勢を示すことは、信頼回復に向けた重要な一歩となるはずです。

分権的・協働的な広報スタイルへの模索

これからの神社の広報は、中央が全てをコントロールするのではなく、より分権的で、協働的なスタイルへと移行していく必要があるのではないでしょうか。

各神社の主体的な情報発信の奨励

全国には、素晴らしい取り組みをしている神社がたくさんあります。
それぞれの神社が、自らの言葉で、自らの魅力を積極的に発信していく。
そのためのノウハウやツールの提供など、神社本庁ができるサポートもあるはずです。

地方神社庁との連携強化

各都道府県にある神社庁は、地域の実情に最も詳しい存在です。
神社本庁と地方神社庁が密接に連携し、それぞれの役割を分担しながら、地域ごとの特性に応じたきめ細やかな広報を展開していく。

多様なメディアとの協働

伝統的なメディアだけでなく、ウェブサイト、SNS、動画プラットフォームなど、現代の多様なメディアを効果的に活用する。
また、地域のNPOや文化団体、教育機関など、様々な主体と協働し、神社の魅力を多角的に発信していくことも有効でしょう。

「みんなで伝え、みんなで支える」
そのような広報のあり方が、これからの時代には求められているように感じます。

まとめ

中央と現場、制度と信仰の狭間で

神社本庁の広報という仕事は、常に「中央」と「現場」、「制度」と「信仰」という、二つの異なる世界の狭間に立たされていると言えるかもしれません。
全国を包括する組織としての一貫性を保ちながら、個々の神社の多様性を尊重する。
制度としての神社を守りながら、人々の素朴な信仰心に寄り添う。

そのバランスを取ることは、決して容易なことではありません。
しかし、その困難さの中にこそ、広報という仕事の醍醐味と、果たすべき使命があるのだと、私は信じています。

著者の最終的な立場と提言

長年、神社の世界に身を置いてきた者として、私は神社本庁が果たしてきた役割には敬意を表しつつも、その功罪については冷静に見つめるべきだと考えています。
そして何よりも、私たちの生活の基層に息づく文化としての神社の価値を、これからも大切に守り伝えていきたいと願っています。

そのために、神社本庁の広報には、以下の点を期待したいと思います。

  • より一層、現場の声に耳を傾けること。
  • 中央からのトップダウンだけでなく、双方向のコミュニケーションを重視すること。
  • 組織運営の透明性を高め、社会からの信頼を得る努力を続けること。
  • 画一的な情報発信ではなく、多様な神社の魅力を引き出す広報を心がけること。

これらは、私自身の経験から得た、ささやかな提言です。

読者への問いかけ:神社をどう見つめ、伝えていくか

最後に、この記事を読んでくださった皆さまに問いかけたいと思います。

皆さんは、ご自身の身近にある神社や、日本の精神文化としての神道と、どのように向き合っていらっしゃるでしょうか。
そして、その価値を、次の世代にどのように伝えていきたいとお考えでしょうか。

神社は、決して一部の専門家や組織だけのものではありません。
私たち一人ひとりが、それぞれの立場で神社と関わり、その未来を考えていくことが大切なのではないでしょうか。

この記事が、そのための小さなきっかけとなれば、筆者としてこれに勝る喜びはありません。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

最終更新日 2025年5月19日 by babylo